怪獣がかわいそう

「なんで泣いているの?」
テレビを観て泣いていた私を不審に思った母親の質問。

その答えが「怪獣がかわいそう」。
いくら正義のヒーローとはいえ、いくらなんでもやり過ぎじゃないのか。
自分の正義を押し通すためなら、何をやっても許されるのか。

しかし多くの人は、ハリウッド映画にしろ、ヒーロー戦隊ものにしろ、勧善懲悪ものが大好きらしい。

システムなのか人間なのか

昨年末、とある飲食店で起きた無断キャンセルが、ニュースになった。

芸能人の店で60人の無断キャンセル

論調としては、こんなことするなんて許せない、この程度の約束が守れない人間、自分勝手すぎる、などだろうか。

とにかくキャンセルした人を悪者扱いして、責めているだけのように聞こえる。

性善説の限界

しかし、人間を責めるだけでは何も進展しない。

飲食店の無断キャンセルについては、数年前から話題になっている。
にもかかわらず、相変わらず何も変わっていないことからも進展していないのは明白だ。

性善説が前提のシステムにも、問題があるのではないだろうか。

法律やルールは、性善説では問題が収まらないから制定されるもの。
人は、決まっていないことは勝手に解釈して、自分勝手にふるまう生き物。
それでは社会やコミュニティが崩壊するよね。
だから、決まりごとを決めましょう。
そういう前提なのだ。

無断キャンセルに限った話ではないが、問題解決するときは人間(マナー)とシステム(ルール)の両面で仕組みを作る必要がある。

ルールとマナー

スポーツの世界では、肉体面以外にもスポーツマンシップという精神性が求められる。
平たく言えば、決められたルールはちゃんと守りますよ、というところか。

「マナーからルールへ。そして、ルールからマナーへ」とは、千代田区の喫煙条例のキャッチコピーだ。
性善説だけでは街をきれいにできないから、禁煙を条例化した。
その後、条例が必要なくなるのがいいよね、というニュアンスが込められているように感じる。

どんな世界も、マナーだけでもルールだけでも理想を実現することは難しい。

飲食店の予約に関しては、いくつか新しい仕組みが生まれ始めている。
ブラックリストの共有化も必要だろう。

新しい仕組みによって、人間を責める必要のない社会が実現できるといいな、と心から願う。


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