誰もが、生まれ持っている才能。
でもいつの頃からか、使わなくなって錆びついている。
それが『「楽しい」を見つける才能』だ。

嫌なものは、嫌

「いやぁぁぁ~」
電車の中や飲食店などで、よく耳にする子供の叫び声。
あれも嫌、これも嫌、とにかく嫌。
何が嫌なのかは親どころか、もはや本人すらわからないのではないかと思う。

しかし大切なのは、何が嫌なのか、ということではない。
嫌だと感じていることを、表現できるかどうか。
これが大切なことなのだ。

好きなものは、好き

嫌だと感じることができなければ、好きだと感じることもできない。

色で例えるなら、白と黒。
光で例えるなら、光と影。
味覚で例えるなら、甘味としょっぱさ(スイカに塩とか)。

対比するものの存在は、もう一方の存在が引き立つ。

自分は、何を嫌だと感じるのか。
それがわかれば、何が好きなのかがわかる仕組みだ。

死ぬほど嫌いなものがあれば、死ぬほど好きなものが見つかる可能性が高くなる。

感じること自体が才能

同じ出来事を見たり聞いたりしても、どう感じるかは個人差がある。
何を感じようが感じまいが、良し悪しなどの評価はない。

あまりよろしくないのは、何かを感じているのに、なかったことにしてしまうこと。

そうすると、やがて本当に何も感じなくなってしまう。
嫌いも好きもない世界。
好き嫌いだけでなく、「つまらない」と「楽しい」も同じだ。
「つまらない」と感じている自分を無視していると、やがて「楽しい」と感じることもなくなってしまう。

幼い時、何かを感じ取るセンサーがフルに働いていたはずだ。
嫌なことや、つまらないことを、感じたままに表現をする。

たったそれだけで、周りの人を幸せにする存在。

あなたの周りに、そんな魅力的な大人はいないだろうか。
あるいは、憧れの存在はそんな人だったりしないだろうか。

もちろん、公共の場で「いやぁぁぁ~」と泣き叫ぶことはできないだろうが、嫌なこと、つまらないことを感じたら心の中で叫んでみるといい。

そんなことが、「『楽しい』を見つける才能」を呼び覚ますきっかけになるかもしれない。


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